0829-86-0495
広島市佐伯区湯来町伏谷25-1

 

境内案内

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広島市佐伯区湯来町伏谷25-1 0829-86-0495

 永正山西光寺は、永正3(1506)年、玄智によって開山されま した。

 

 当時は全国的に、本願寺第八代宗主である蓮如上人のご教化により、多くの寺院や僧侶が浄土真宗へと改宗していった時代でした。当山もこれにより、禅宗から改宗したと伝えられています。現在でも広島は真宗寺院の割合が多く、「安芸門徒」と呼ばれるほど篤信な信者の多い土地であることが知られています。

 

 その後、江戸時代になると、安芸国からは「芸轍(げいてつ)」と呼ばれる学僧が多く輩出されました。

 この芸轍の名を世に知らしめたのは、享和・文化年間に本願寺にて発生した宗意安心の大問題「三業(さんごう)惑乱」で、大瀛(だいえい)が活躍したことによります。当山第9世住職の南洞もまた、芸轍の祖である慧雲(えうん)門下の一人として、江戸へ赴く大瀛に物心両面で支援したと伝えられています。

 現在当山には、師匠の慧雲、また南洞の兄弟弟子である大瀛・僧叡(そうえい)・海蔵(かいぞう)の四人が、南洞とともに当山で遊行した際に詠われた七律の漢詩の書が残されています。

 

 その後、大正5年に西光寺は現在地へ移転され、 現在まで法灯が受け継がれています。

 

 平成18年には、開基500年を機に寺院施設の大改修を行い、平成20年には永代供養墓「白蓮華堂」の運営を開始するなど、これからの時代の寺院のあり方を見据えながら、念仏の声を広めるべく活動を続けております。

 

 

第九世南洞姿図

七律の漢詩