父親を亡くしたあきこさんが、葬儀について相談するため、西光寺を訪れました。
父が生前、「葬式なんかせんでええ。焼くだけでええ」って、ずっと言ってたんです。
そうだったんですね。
それで、亡くなったときは父の言うとおり、火葬だけにしたんです。
はい。
でも、あとになって、何もしてあげられなかったなって……。
お父さんに申し訳ない気持ちがあるんですね。
はい。やっぱり、ちゃんとお葬式をしてあげた方がよかったのかなって。
だったら、今からお葬式をしてもいいんですよ。
えっ? もう火葬は済んでますけど……。
「骨葬」といって、お骨になられてから勤めるお葬式もあるんです。
そんなことができるんですか?
ええ。地域によっては、昔から普通に行われている葬儀の形なんですよ。
そうなんですね……。でも、やっぱりお葬式はしておいた方がいいですよね?
いや、お葬式は「した方がいい」からするようなもんじゃないですよ。
えっ?
私たちは、お葬式は「亡くなった人のためにすること」って思っていますよね。
……そうじゃないんですか?
お葬式を「私たちが亡き人をお見送りする」という形で言えばそうですが、そもそも仏さまはずっと「あなたのこと」を願い続けてくださっているんですよ。
……。
お父さんも、今は仏さまとなられて、あきこさんのことを願ってくださっているんです。
父が、私を?
ええ。あきこさんは、お父さんに何もしてあげられなかったと思って、今日ここに来られたんですよね。
はい。
でも私は、仏さまとなられたお父さんが、あきこさんをここへ連れて来てくださったんだと思うんです。
父が、連れて来てくれた……。
お葬式もご法事も、そんな仏さまの願いに私たちが出遇わせていただく、大切なご縁なんです。
……私は、父に何かしてあげたいと思っていたのに。
うん。
父の方が、今も私のことを思ってくれているんですね。
そうですね。だから、お葬式を勤めてもいいし、別の形でお父さんとのご縁を大切にされてもいいんですよ。
……何だか、少し安心しました。
お父さんは、あきこさんを放っておかれませんからね。
亡き方の希望やさまざまな事情によって、火葬だけでお見送りをされる方もいらっしゃいます。
その後、「やはり、きちんと葬儀をしてあげたかった」と思われることもあるでしょう。
けれど、火葬が済んだからといって、葬儀ができなくなるわけではありません。お骨になられてから勤める「骨葬」という葬儀の形もあります。
そして、葬儀は、亡き方のために何かをしてあげなければならないというものでもありません。
浄土真宗では、私たちが亡き方をお見送りするその場こそ、亡き方をご縁として、仏さまのみ教えに遇わせていただく大切な場であるといただきます。
私たちは、亡き人に何をしてあげられたかと考えます。しかし、その私自身が、すでに仏さまの願いの中にあるのです。
仏となられた亡き方もまた、残された私たちを願い、仏法へと導いてくださっています。
葬儀を勤めたかどうかで、その願いが変わるわけではありません。
亡き方とのご縁は、葬儀の形によって決まるものではないのです。
