母親を亡くしたみちこさんが、住職との会話の中で、以前から抱いていた疑問を口にしました。
住職さん、亡くなった人の魂って、あるんですか?
どうしたんです? 急に(笑)。
この前、夜中に台所でガサッて音がして。思わず「お母さん?」って。
で、お母さんでした?(笑)
いえ、猫でした(笑)。
猫かい!(笑)。
でも、それから考えちゃって。母は今、どこにいるんだろうって。
なるほどね。
お仏壇のところにいるんでしょうか?それとも、私のそばにいてくれるんでしょうか?
仏教では、亡くなってもそのまま残る「魂」というものは説かないんです。
えっ? じゃあ、母はもういないんですか?
浄土真宗では、お浄土に往生された方は仏さまになられると説きます。
じゃあ、仏さまになった母は、いつも私のそばにいるんですか?
はい。いつでもどこでもご一緒ですよ。
…私が買い物に行くときも?(笑)
まあ、そうですね(笑)。
なんだか、母がずっとついてきてるみたい(笑)。
いや、そうじゃなくて(笑)。「仏さまといつでもどこでもご一緒」というのは、「あなた自身が常に仏さまの願いの中にいる」という意味です。
…私が?
そう。いつ、どこで、何をしていても、私たちは常に「仏さまの願いの中」にある。ということは、もうすでにお母さんにお遇いしている、ということです。
…え?
それを知らずに「お母さんはどこ?」と探してしまう。…それだと、お母さんはどう思うでしょうね?
…「ここにいるじゃない」って言われそう(笑)。
そうでしょうね(笑)。
亡くなった大切な人は、今どこにいるのだろう。
私たちは、ついその居場所を探してしまいます。
浄土真宗では、お浄土に往生された方は仏と成り、私たちを導くはたらきとなってくださるといただきます。
仏さまがいつでもどこでもご一緒というのは、どこへ行くにも後ろからついてこられる、ということではありません。
私たちがどこで何をしていても、すでに仏さまの願いの中にあるということです。
亡き人を探し求めていた私が、実はその願いの中にあった。
そのことに気づかされるところに、亡き人との出遇いがあるのだと思います。
